あいさつ

  

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代表取締役 増田 光則

居住者は家族のような存在

私が生まれた昭和30年代に、私の両親はアパートを保有しておりました。それはグランドマザー(生きていれば105歳)が女手ひとつで建てた、今ではあまり耳にすることの無い下宿アパート(共同玄関・共同トイレ)だったのです。そこで育った私は物心ついた頃から居住者は家族のような存在でした。
また、先代の父が職人という事もあり、空室になるとクリーニング及びリフォームするのは父の役目でした。瓦屋根をトタン屋根にしたり、ステンレスで台所を施工したり、増改築は勿論、シャワー室も自分で施工出来ました。今でいうDIYです。まさしく「家賃を頂いているんだ」という気持ちで、手を加え愛情を注ぎこんできた父の背中を見て少年時代を過ごしました。今、私が器用貧乏なのも父の影響なのかもしれません。

不動産業界との縁

時は1980年代のバブル期、20代前半に何の気なしに不動産業界に入りました。当初は会社勤めでしたが、20代後半には知人と会社を立ち上げました。その会社のクライアントの1社がイースターであったわけです。その頃よりイースターは仲介、管理はもとより建売事業及びここ数年ではアパート事業も進めてまいりました。

そしてついに築50年以上の生家の立て替えをすることになったのです。その引越しの際に出てきたのは私が生まれる前の昭和30年代にグランドマザーが売買(中野区・練馬区等)してきた不動産の売買契約書の数々でした。現在私が不動産で生計を立てさせて頂いているのは偶然ではなく必然だったと確信した瞬間でした。そして、昭和30年代からバブル期、及びリーマン以降と激動する不動産の土地価格と違い、アパートの賃料相場がいかに土地価格程変動することが無いこと、常に安定収入を生み出す事を目の当たりにするのでした。結果的には、弊社のメイン事業をアパート建築へと私を誘う事となるのでした。

貸主と借主の関係、不動産を所有すると言う事

今、業界30年経ってしみじみ感じることは「不動産を所有するとは新たな家族がふえること」だと思います。年を重ねれば老朽化もしますし、故障もします。それは人間とて一緒です。一戸建を所有すれば、今迄以上に家族が協力し合い、助け合うようになります。それがアパートであっても管理という愛情でもってメンテナンスをし、その賃借人にも愛情をもって接してほしいものです。一つ屋根の下の家族、という気持ちを持って。

つい最近、地方から東京の大学が受かり、生家を借りていた学生がその後に所帯を持ち、子供連れで「一戸建てを探したいのですが」と弊社に尋ねてきました。今より貸主と借主の関係が良好な近しかった頃の出来事です。このときほど、不動産冥利に尽きると思ったことはありませんでした。

最終的に弊社が不動産を再生する、即ち土地を取得し、新築戸建て、或いはアパート分譲をすることが、狭い道路が拡幅し整備され、消防自動車、或いは救急車が入れるようになること、そして老朽化した古屋が新築になり環境改善する事が社会貢献にもつながるのではないかと考えております。